今はエメラルドといえばコロンビア産と誰でも思い浮かべますが、歴史に残る最初のエメラルド鉱山は、紅海から約25キロ内陸に入ったエジプトのクレオパトラ鉱山であるといわれる。しかし中世期以降、その鉱山の所有は、1818年にフランス人によって発見されるまで不明であったため幻の鉱山といわれていた。有名なクレオパトラ女王がエメラルドを愛するあまり自らその鉱山を所有していたという伝説は広く知られるところであり、古代におけるエメラルドの供給はおそらくこの鉱山からであろうと推測される。

 紀元前4世紀の頃、すでに当時勢威を誇っていたバビロニア帝国の首都バビロンの市場にエメラルドの流通があり”ヴィーナスに捧げられる宝石”と呼ばれていたことが文献にある。現代にすむ私達の目にさえ時に神秘を感じさせるエメラルドの深遠な緑の美しさが太古の人々にさらに畏敬に近い思いを抱かせたとしても決して不思議ではない。

 ダイヤモンドには、魅力的なストーリーに彩られたいくつかの歴史的な名品が存在するのに対し、エメラルドはそれ自体多くの伝説、迷信、逸話に包まれながら、逸品として世界に知られているものが少ない。このことはエメラルド自体大きな結晶が少ないこと、そして巷でよく ”エメラルドと人間にキズのないものはない”と言われるように、多くの内包物や微細なクラックを免れることができない宿命的な石の性質と無関係ではあるまい。

 しかしそのようなハンディキャップを持ちながら、比類のない神秘的な美しさが長い歴史の間に、時に信仰の対象となり、時に眼病の良薬と信じられ、また魔性を感じさせながら、現在に至るまでエメラルドは色石のナンバーワンとして君臨し続けているのです。


読売新聞社”宝石”より